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軽水素ガスに暴露した金属酸化物中にHe-3を検出した山内知也教授と金崎真聡准教授らの研究成果がJapanese Journal of Applied Physics誌に掲載されました。常温における軽水素の固体内核融合を強く示唆する研究成果です
軽水素ガスに暴露した金属酸化物中にHe-3を検出した山内知也教授と金崎真聡准教授らの研究成果がJapanese Journal of Applied Physics誌に掲載されました。常温における固体内核融合反応が生じていることを強く示唆する研究成果です。
論文はオープンアクセスで、 ここから読むことが出来ます。
https://iopscience.iop.org/article/10.35848/1347-4065/ada658
日本語版はここから
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解説資料を合わせてお読みください。解説資料
(5.4MB)
(1)
<研究成果の概要>
- 昇温した水素ガスに曝露したCuNiZr酸化物材料中にHe-3を検出しました。
- He-3は天然にはほとんど存在しない同位体であり、核反応によって生み出されたと考えられます。
- He-3の検出は核反応分析法NRAと昇温脱離法TDSという二つの独立した方法で行われました。
- 水素ガスに曝露していない同材料中にはHe-3は無く、水素が核融合反応して生まれたことが強く示唆されます。
この研究成果はJJAP Japanese Journal of Applied Physics 2025 に掲載されました。
- 分析に用いたCuNiZr酸化物材料を用いて、100 Wの入力で120 W以上の熱を発生させることに成功しています。材料の改良を通じて、常温核融合を、脱炭素、脱放射能の実用的エネルギー源として活用する道が開かれます。
(2)論文のタイトルは”Detection of He-3 in Ni-based binary metal nanocomposites with Cu in zirconia exposed to hydrogen gas at elevated temperature”( 水素ガスに高温で曝露したジルコニア内にNiとCuのナノ合金を分散させた複合材料中におけるHe-3の検出)です。
(3)ヘリウムHeは周期表上では右上に位置します。水素の次に軽い元素で、他の元素と反応し難い希ガスです。
(4)地球上のヘリウムのほとんどはHe-4です。その原子核はアルファ粒子とも呼ばれるもので陽子2個と中性子2個が結びついて出来ています。この研究で検出したのはHe-3であり、陽子2個と中性子1個が結びついて出来ています。He-4もHe-3も共にヘリウムであり、化学的性質に大きな差異はありませんが、原子核の性質は大きく異なります。原子核の性質を考える場合には、周期表ではなくて核図表を使います。横軸は中性子数であり縦軸は陽子数です。元素で考えると下から順番にH, He, Li, Be, B, C, N, F, Ne,…と並びます。
(5)地球上ではHe-3は極めて稀であり、He-4の百万分の1程度しかありません。したがって、0.1 g程度の小さな試料からHe-3が検出されたとすれば、何らかの核反応によって生じたと考えることが出来ます。
(6)研究に用いた金属酸化物は銅ニッケルジルコニウム合金から作成したものでCuNiの微粒子がジルコニアZrO2に分散した組織構造を持っています。黒い粉末状であって、およそ400℃で4気圧の水素ガスに暴露しました。ヒーターの入力が100 Wの時に120 W程度の出力が繰り返し測定されており、この過剰熱の原因を探る一環の研究でHe-3の分析が試みられました。
(7)一つ目の方法は昇温脱離法TDSと呼ばれるもので、真空容器内にセットした試料を赤外線導入装置によって加熱し試料から放出されたガスの分圧を質量分析計で温度の関数として求めるものです。CuやNiにイオン注入されたヘリウムは900℃以上の高温で放出されることが知られていましたが、本研究でも900℃以上で質量数3のシグナルの上昇が確認されました。He-3は質量数3として計測されますが、ここには水素原子が3つ結びついたH3+イオンも計測されます。試料皿や水素に暴露する前の試料の分析からも質量数3のシグナルは計測されましたが、これらは高温にさらされた真空容器内から出てきた水の影響で生じたH3+イオンによることが示されました。水素にさらした試料では水分と無関係な質量数3のシグナルが認められ、それはHe-3以外には考えられないことが論証されました。
(8)もう一つの方法は核反応法NRAで、神戸大学海事科学研究科加速器・粒子線実験施設TAcLKUの静電加速器が活用されました。同加速器は重陽子が加速できる希少な性能を有しています。1.4 MeVに加速された重陽子dが試料内のHe-3と反応した時に生成する高エネルギーの陽子pの検出に成功しました。核反応式は次の通りです:d + He-3 → He-4 + p。検出には二枚重ねにしたCR-39飛跡検出器が利用されました。CR-39は透明なプラスチックでアルカリ溶液を用いたエッチングによって陽子の通り道に出来ているナノスケールの損傷を顕微鏡で見えるサイズにまで拡大して利用します。1枚目のCR-39検出器を通り抜けることが出来るのは10 MeV以上の陽子に限られます。エッチングで拡大した損傷はエッチピットと呼ばれ、顕微鏡下では黒っぽい斑点として現れます。重陽子dが起こす中性子の生成反応の影響が心配されましたが、中性子とCR-39を構成する水素の原子核との衝突によって生まれる楕円形をしたエッチピットは見られませんでした。さらに、試料の発熱量とエッチピット数との間には良い相関が認められました。
(9)He-3の検出は常温核融合反応が起こっていることを強く示唆します。これまでのところ発熱は100 Wの入力に対して120 W程度、最大でも150 W程度です。しかし、材料の改良によってより良い発熱特性を持った素材を得ることは可能であると考えられています。幸いなこととして、発熱時にガンマ線や中性子線の発生はこれまでのところ計測されていません。He-3を計測する動機になった高橋亮人大阪大学名誉教授の理論は、事実上、放射能が生まれないことを予測しています。天候や日照条件に左右されない、脱炭素・脱放射能の新エネルギー源の開発につながることが期待される研究です。