本学で学びたい方へ一般・企業の方へ在学生の方へ卒業生の方へ教職員の方へ

HOME > 研究活動 > 最近の研究から > No.011

研究活動

最近の研究から

見えない放射線を可視化する*

山内   知也   教授

Keywords: 放射線   放射線計測   放射線物理   飛跡検出器

エッチング型飛跡検出器

エッチング型飛跡検出器の基礎と応用について研究を進めています。これは放射線の一種であるプロトン(水素原子の原子核)や重イオンの通り道である飛跡を化学エッチングによって顕微鏡下で観察可能なサイズに拡大することで可視化する放射線検出器です。拡大された飛跡はエッチピットと呼ばれる小孔になっており、この小孔の幾何学形状を分析することで元の飛跡を作った放射線の種類やエネルギーを求めることができます。歴史的にはフッ化リチウム結晶中の核分裂片の飛跡が化学エッチングによってピットにされたのがはじまりでした。その後、雲母のような鉱物に続いて高分子材料がこのような検出器として機能することが知られるようになりました。例えば、アポロ宇宙飛行士のポリカーボネート製のヘルメットを地球帰還後にエッチングすると、そこには高いエネルギーを持った鉄や亜鉛イオンの飛跡が見つかったのです。今から35年ほど前に、CR-39という商品名(物質名称としては、ポリ・アリル・ジグリコール・カーボネート(PADC))で知られていた眼鏡用の光学プラスチックが高い感度を有するエッチング型飛跡検出器であることが見出されました。これはプロトンの飛跡を記録する能力を持ち、たちまち宇宙放射線計測や中性子線量計として利用されることになりました。放射線検出器と言いながらも電源を必要とせず、小型・軽量であるため、宇宙船への持ち込みも容易で、携帯個人線量計として利用することも問題なく、現在も広く活用されています。


図1

図1  軽いイオン(low Z)と重いイオン(high Z)でエッチピットの形状が異なります。右側の図がエッチング後の様子を示しています。


図2

図2  側面から観察したエッチピットの写真。上のエッチピットは水素の放射性同位体であるトリトンのエッチピット。下はヘリウムの原子核であるアルファ線のエッチピット。先端が丸くなっているのは、球面状になっている先端部分の中心でイオンが停止しているからです。


ブラッグピークとエッチピットのフォルム

私がこの検出器とはじめて出会ったのは今から25年前ですから、四半世紀前ということになります。その時には既に各方面での応用も一段落していました。むしろ固体素子内に蓄積された照射効果を、レーザー光線を使って読み取る技術が爆発的に進展する中にあって、このアナログ式検出器は近く絶滅すると思われていました。私もそう思いました。でも私はこの検出器に魅せられてしまいました。宇宙線のような高いエネルギーの放射線であれば、そのエッチピットは完全ともいえる円錐形をしています。ところが私の周辺にはブラッグピーク近傍の低いエネルギーの放射線やイオンビームしかありませんでした。相互作用の時間が十分にとれるため、イオンビームは速度が遅くなるほど電離現象を介して媒質にエネルギーを与えやすい性質を持ちます。ただしある程度低速になるとイオンが周辺から電子を奪い取り中性化するので、次第に電子的な相互作用をしなくなり、最後は原子間の衝突を繰り返して止まります。このためブラッグピークとよばれるエネルギー付与の山が生まれます。このようなエネルギー付与の大きい領域ではエッチング速度が有意に高くなりますが、結果としてエッチピットは単調な円錐ではなく、柔らかい曲線のフォルムが生み出されるのです。私はその形状を美しいと思ってしまったのです。研究としてはピットの形状やピットサイズの(エッチング時間に対する)成長曲線から飛跡に沿ったエッチング速度を厳密に求める問題に着手し、従来は知られていなかったこのエネルギー領域に特有な幾何学的制約を見出しました。


図3

図3  耐熱材料として知られているカプトン表面に形成された重イオン(キセノンXeやアルゴンAr)のエッチピット。写真の黒いスポットがエッチピットです。グラフの横軸はエッチングによって溶けた表面層の厚さで、縦軸はエッチピットの半径です。同じキセノンでもエネルギーが高いとエッチピットは小さくなっています。


飛跡検出器の基礎と応用

その後の関心はエッチピットになる前の飛跡の構造であり続けています。どうしてPADCが他の高分子材料よりも高い感度を持っているのか。エッチピットが生まれるには一定以上のエネルギー付与が必要であって、そのレベルは材料に大きく依存しますが、どのような損傷構造だとエッチング可能なのか。これらの秘密が解きあかされればPADCよりも感度の高い材料が開発できると考えています。不思議なことに高分子材料に関する放射線化学によってこのあたりの問題は解決していると思い込んでいる人が多かったのですが、実際にはそんなことはありませんでした。このような疑問を持っていた私を助けてくれたのは、優秀な学生・院生の皆さん、伝統的な赤外線分光分析法、そして、ランベルト・ベール則でした。ランベルト・ベール則と言うのは、光の物質による吸収を定式化した法則です。赤外線吸収スペクトルによれば着目している官能基は明らかに減少しているのにエッチピットが生じないようなケースが確認されました。高分子鎖が切れたとしてもそのままではエッチピットは生まれないのです。

図4

図4  ケイ素イオン(88 MeV Si ion)を照射する前後のポリエチレン・テレフタレート(PET)の赤外線吸収スペクトル。一般に高分子中の化学官能基は、それぞれに固有の振動数を持っているので、特定の波数(あるいは波長)の赤外線を選択的に吸収します。


PADCの特徴を理解するには他の高分子材料についての理解も必要であって、結果として、ポリエチレン・テレフタレート(PET)やビスフェノールAポリカーボネート(PC)、カプトン等のポリイミド樹脂についての分析も自分達の手で展開することになりました。これまでにエーテルやエステル、カーボネートエステルにある炭素原子と酸素原子との結合が、飛跡の径方向に2つ以上切断するとエッチピットが生まれることが明らかになってきています。また他の高分子材にないPADCの特徴として、単位エネルギーで比較すると飛跡に沿ったエネルギー付与が低いほど分子鎖の切断が生じやすいことが明らかになりました。PADCの特性を放射線化学の用語で説明することができるようになったのです。こうしてPADCよりも感度の高いエッチング型飛跡検出器を分子設計する目処が立った、というのが私の研究の到達点です。

このような基礎研究の一方で、共同研究として高強度レーザー駆動イオン加速の研究に取組んでいます。電子やX線との複雑な混成場中でイオンのみを検出するのはエッチング型飛跡検出器以外では事実上不可能です。面白いことに、「絶滅危惧種」であったエッチング型飛跡検出器が、この分野では必要不可欠な研究手段になっています。また、超重核ともよばれる宇宙線の非常に重たい成分を検出するための研究に着手しています。私の主軸は基礎研究ですが、このような応用分野で一足はやく成果が出そうです。


最近の研究発表

  • (1) Applicability of Polyimide Films as Etched-Track Detectors for Ultra-Heavy Cosmic Ray Components, Applied Physics Express 6 (2013) 046401.
  • (2) Vacuum effects on the radiation chemical yields in PADC films exposed to gamma rays and heavy ions. Radiation Measurements 50 (2013) 97-102.
  • (3) Applicability of the polyimide films as an SSNTD material. Radiation Measurements 50 (2013) 16-21.
  • (4) Thresholds of Etchable Track Formation and Chemical Damage Parameters in Poly(ethylene terephthalate), Bisphenol A polycarbonate, and Poly(allyl diglycole carbonate) Films at the Stopping Powers Ranging from 10 to 12,000 keV/µm. Japanese Journal of Applied Physics 51 (2012) 156301.
  • (5) Greater Radiation Chemical Yields for Losses of Ether and Carbonate Ester Bonds at Lower Stopping Powers along Heavy Ion Tracks in Poly(allyl diglycol carbonate) Films, Applied Physics Express 5 (2012) 086401.

*)この原稿は神戸大学広報誌『神戸大学最前線』(18号)に掲載された同名の原稿に加筆・訂正したものです。


(2013.6.3)