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研究活動

最近の研究から

衝撃波で守る海の生態系:安心・安全なバラスト水処理技術の開発

阿部   晃久   教授

Keywords: 生態系、バラスト水、殺菌、安心・安全、衝撃波、気泡

   衝撃科学研究室(Shock Science Laboratory)では、『衝撃波/衝撃現象の解明と海事分野への応用』をテーマにして、実験、解析、数値計算などの手法により研究を進めています。現在特に力を入れているテーマは、船舶バラスト水の衝撃波殺菌処理技術の確立です。以下に本研究の簡単な紹介をさせていただきます。

研究の背景

食糧、エネルギー資源、鉱物資源の多くを輸入に頼らざるを得ない日本にとって、国際海上輸送は、我々の生活や経済活動を支える要となっています。船は海上に浮くものですが、浮き過ぎると重心が上がり不安定になりますし、同時に、スクリューが海上に出てしまい進むことができなくなります。そのため、船が安全に航行するためには『重し(バラスト)』が必要です。荷物を積んでいるときには、荷物そのものが『重し』となりますが、空荷の際には船底から外部の海水を吸い込んで『重し』としています。これが『バラスト水』と呼ばれるものです。バラスト水は、海水をポンプで吸い込んでいますので、当然、海水中に存在するあらゆる生物もバラストタンクに吸い込まれてしまいます。フィルターなどにより大きな生物は除去できますが、プランクトンなどの微小生物はバラストタンクに吸い込まれ、他国の港へ運ばれて、貨物の積み込み時に排水されることになります。つまり、海上輸送による物資の輸入大国である我が国は、視点を変えると、バラスト水の輸出大国であると言えるわけです。1988年にカナダが、バラスト水が原因と思われる五大湖に紛れ込んだ外来生物に関する報告を行ったのをきっかけに、世界中でバラスト水によって運ばれる海洋生物が引き起す生態系への影響が懸念され始め、国際的な海洋生態系破壊問題として注目されるようになりました(図1参照)。そのため、国際海事機関(IMO)は、2004年にバラスト水管理に関する条約を採択しました。それに伴って、世界中の企業や研究機関が、バラスト水処理システムの開発を開始し、現在、IMOから承認されたシステムがいくつか出始めていますが、実際に船舶に搭載するためにはまだ課題があり、条約は未だ発効に至っていません。


バラスト水による海洋生態系破壊

図1 バラスト水による海洋生態系破壊


新しい殺菌処理技術の提案

表1 にIMOで採択されたバラスト水排出基準を示します。現在提案されている処理システムでは様々な技術が用いられていますが、多くのシステムではコレラ菌や大腸菌などの微小な海洋細菌を直接処理することが難しく、最終的に化学薬品による殺菌処理を行い、薬品による中和処理の後、船外へ排出する方法が用いられています。本研究室では、特に細菌類を対象として、化学薬品を使用しない安全・安心なバラスト水殺菌処理技術の確立が必要であると考え、7年ほど前から研究を開始しています。


表1   IMOのバラスト水排出基準
生物の種類や大きさ 排出基準
動・植物プランクトン 50μm以上 10個/m3未満
10μm以上50μm未満 10個/ml未満
細菌類 病毒性コレラ 1 cfu/100ml未満
大腸菌 250 cfu/100ml未満
腸球菌 100 cfu/100ml未満
※cfu (Colony forming unit) : 培地で培養した 1個の細菌から形成される菌体の集合体(コロニー)を単位とする換算

私が提案している殺菌方法は、水中衝撃波を用いる新しい方法です。衝撃波とは、高いエネルギーが瞬時に解放された際に、周囲の媒体中に生じる強い圧力波です。ご存じのように、水は圧縮しにくい物質ですので、研究開始当初は、ガス銃衝撃実験装置(直径40mmの弾をガス圧力で発射する装置、図2 参照)を用いて、海洋細菌を封入した金属容器に約400m/sまでの様々な速度で弾を衝突させて菌体に水中衝撃波を作用させる実験を行いました。その結果、菌体封入容器内壁面で約200MPa(2000気圧)以上の衝撃圧を作用させることで海洋細菌が殺菌されることがわかりました。しかしながら、このような弾丸衝突による衝撃波発生方法では、バラスト水のような大量の水処理を行うことはできません。そこで、気泡を組み合わせることを検討しています。


図2 ガス銃実験装置による菌体封入容器内への衝撃波発生実験

図2   ガス銃実験装置による菌体封入容器内への衝撃波発生実験

水中気泡の周りに圧力変動を与えると、気泡は収縮を始め、短時間で最小サイズに達し、気泡内の温度と圧力が急上昇します。その直後、気泡は、急激に膨張し、その際、高速で周囲の水を押します。その結果、気泡の周囲には衝撃波が発生するのです。気泡の近くに海洋細菌がいれば、気泡が生成する衝撃圧に曝されることになり、その圧力が十分に高ければ、殺菌が実現できるというわけです。図3 (a) に、提案している衝撃波殺菌技術のイメージ、(b) は気泡と衝撃波の実験写真を示しています。図3 (a) の略図のように、微小な気泡(マイクロバブル)を使用します。マイクロバブルは、圧力変動を与えずとも自己収縮し、さらにその際、殺菌効果を有するフリーラジカルを生成することが知られています。その生成機構は未だ明らかとなっていませんが、フリーラジカルは直接的に殺菌に寄与することからバラスト水殺菌に用いるには最適の気泡です。図示するように、マイクロバブルを注入した後に、外部から導入した衝撃波を気泡と干渉させることで気泡運動を発生させ、微小気泡の周りに球状衝撃波を多数発生させ、菌体に高圧とフリーラジカルを同時に作用させて殺菌するという筋書きです。図3 (b) は、ナイロン糸に付着させた直径1 mm以下の気泡に衝撃波を作用させた実験の影写真です。衝撃波は下から上に伝播していますが、衝撃波面が通り過ぎた領域では、気泡が運動を開始し、気泡周りに波紋のように丸い衝撃波を発生させている様子が観察できます。


図3 (a)は提案している衝撃波殺菌の模式図、(b)はナイロン糸に付着させた気泡と水中衝撃波の干渉実験で得られた影写真

図3   (a)は提案している衝撃波殺菌の模式図、(b)はナイロン糸に付着させた気泡と水中衝撃波の干渉実験で得られた影写真


ここで、気泡が生成する衝撃波圧力の大きさが問題となりますが、簡単な仮定に基づく気泡の運動方程式を解いて得られる解析結果では、直径50μmの気泡に約6MPaの衝撃波圧力変動を与えた際の気泡内の最大圧力は数百MPa(数千気圧)に達することが予測されており、殺菌の実現可能性が期待できます(図4参照)。本方法で、実際に殺菌できることが確認できれば、化学薬品を使わずに力学的な作用のみによる究極的に安心・安全なバラスト水処理技術の実現に一歩近づくことになります。


図4 直径50μmの気泡に約6MPaの衝撃波圧力変動を与える条件で解かれた気泡運動方程式の解

図4   直径50μmの気泡に約6MPaの衝撃波圧力変動を与える条件で解かれた気泡運動方程式の解


最近の投稿論文と学会発表

  • Hybrid analysis of microbubble motion excited by shock waves for sterilization of marine bacteria(海洋細菌の殺菌のための衝撃波によって誘起されるマイクロバブル運動のハイブリッド解析), Techno-Ocean 2010, Proceedings CD-R, October 15th Room 2 (3B), 2010年
  • Pressure Generation from Micro-Bubble Collapse at Shock Wave Loading(衝撃波作用による微小気泡群の崩壊と衝撃圧生成), Journal of Fluid Science and Technology, Vol. 5, No. 2, pp.235-246, 2010年
  • Application of Shock Pressures Generated by Collapsing Microbubbles to Inactivation Treatment of Marine Bacteria in Ship Ballast Water(マイクロバブル崩壊による衝撃圧の船舶バラスト水中海洋細菌不活性化処理への応用), International Symposium on Marine Engineering (ISME) 2009, BEXCO, Busan, DT-1, No.16, 2009年
  • The effect of shock pressures on the inactivation of a marine Vibrio sp.(海洋ビブリオ属細菌の不活性化に関する衝撃圧力の効果), Shock Waves, Vol.17, No.1-2, pp.143-151, 2007年
  • アルミニウム容器に封入した海水中の衝撃波挙動に関する研究, 日本機械学会(B編)72巻722号, pp.2418-2424, 2006年
  • アルミニウム容器に封入された海洋細菌の衝撃圧縮, 日本マリンエンジニアリング学会誌40巻2号, pp.260-265, 2005年

(2010.11.30)